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2010/01/19

New Comer

マメノキ農園に新しい仲間が増えた。
ここは人間より動物を紹介するほうが大変だったりする。

新しい仲間は柴犬だ。豆太と命名された。川越から豆太はやってきた。元の飼い主が柴犬を飼おうと育て始めて1週間するかしないかって時に急に転勤することになってしまった。その犬を僕らが譲り受けることになった。生後3ヶ月。黒の柴犬。オス。なんとなくツキノワグマを連想させるかわいい奴だ。そんな新しい家族を手放さなければならなかった飼い主は本当に残念だったろうと思う。大事に育てたいと思った。早速畑仕事に連れ出してお供をしてもらったら、軍手のように埃まみれになった。やさしい犬に育てたいと思う。

それ以外にも猫もいる。テト、オス、棟梁について来て、それきり住みこんだ。こいつがなかなか人懐っこくて、大きくて、とても猫らしい猫だ。畑に出ているとたまにひょこっと顔を出す。そんな偶然のような接触が面白い。以前はウサギを狙ってよく怒られていた。


うちにいる動物たちにはペットはいない。みんな何かしら仕事をしている。テトは害獣になる他の猫を近寄らせない。ニワトリは卵はもちろん耕運機として働く。一ちゃんとクーちゃんは雑草管理だ。豆太には大きくなったら、ここらへんに出没するキツネやイタチからニワトリを守って欲しい。

そんなマメノキ農園。4つ足のヤギを飼ったらマメノキ牧場もいいかもと思う。

2010/01/15

手



生まれたばかりの弦の手。
とても小さい。この手は何をする手になるのだろう。
小さいけど希望に満ち、僕ら夫婦を力強く生かしてくれる。

俺の手はずいぶん汚れているな~。

2010/01/14

リンゴ畑に行く道



今日はとても天気がいい。先日の雪から久しぶりに青空が見えた。
雪は北側の影以外は解けたとはいえ、とても寒い。昨晩ガス湯沸かし器が凍結。まだ調子がよくない。

リンゴ畑に連日参勤している。自宅から歩いて10分とかからない。
持ち物は剪定鋏と鋸、それに紐、水筒、ノートなんかを竹のしょいこに入れ込んで担ぐ。



隣の集落の道祖神にお地蔵様を発見。こんな日常の中の景色もいいもんだ。
さて、リンゴ畑がある一角。鼓川を越えると元棚田の果樹園地帯が広がる。地域の皆さんが昔の昔から手入れをしてきた恵みの大地。40年前には田んぼだった。機械がない時代はどんな暮らしだったのだろう。

今は午前中の時間をリンゴに割り振っている。午後は、風呂作りやら掃除やら、水道の補修やら薪準備とかいろいろあるのだ。でも、リンゴの世話もようやく半分くらいまで剪定が済んだ。あと3日もすれば一応片付けまで終了だ。

2010/01/11

リンゴの剪定

わかったなわかんないような。
そんな時は五里霧中。作業を進めても仕事を進めている安心感より気疲れが募る。
リンゴの剪定はとても難しい。

2反4畝ほどのリンゴ畑。歩いて5分。リンゴの木が100本以上植えられている。
4分の1は幼木、老木と育ち盛りが半分くらい。残りはこれから苗木が植えられる。いいバランスの4枚の畑だ。品種はほぼ富士。他に受粉用の王林、ジョナゴールド等の別の品種が配置されている。リンゴは他家受粉だから別の品種がないと実が付かない。

ここ数日、午前中の時間は冬の剪定作業を進めている。鋸にはさみに紐と梯子をもって畑に出勤だ。店長をいきなり任されてしまったバイトのような気分だ。一通り指南は受けた。まだ???。でも仕事を進めなければならない。不思議と会社勤めの時のように足取りは重くはならない。

リンゴの木は、とにかく上に、上に伸びたい。根が吸い上げた樹液を上に運びたがる。流れが一旦溜まるところに枝を伸ばしたがる。剪定は、勢いの流れを読んで成長をコントロールして、適数の花を咲かせるための作業だ。根から上に運ばれる流れの方向を変えるために先端を先刈りしたり、芽の上に傷をつけたりする。育てたい枝をコントロールするための牽制枝と呼ばれる枝があったりする。作業するには一本一本よ~く見なきゃ鋏を入れられない。1本1本手を入れるときには始めに少し考える。今年からよろしく、なんて声を掛けながら、その木がどんな奴で、これからどんな風にしたいのかイメージして鋏を入れる。まだ4分の3残っている。
先はまだ長い。

隣の区画で作業している地元のおじさんに挨拶をしてみた。取り合えず、どこのだれかっていうことはわかってもらうために、今年からやることになったんでよろしくお願いします的な自己紹介してみた。「まあとにかくしっかりやってくれ。」そんなメッセージを繰り返し複数の皆さんからいただいた。でも本当はリンゴの木が一番そう思っているのかも。

2010/01/09

らしくない?

昨日は午後から長女と一緒にお使い。タイヤ屋さんや図書館や給油。
立ち寄り先の産婦人科での長い会計待ちの時間、今年の畑の話になった。年末からリンゴ2反とブドウ3反強を家の近くに借りることになっている。そんな話をしながら、今はちょっとだけ早い剪定の時期。リンゴの剪定はそれほど作業量は無い。だけど、自宅のハウス移設のスケジュールは結構タイト。冬の牧丘は駆け足で過ぎていく。

やりたいことは山ほどある。リンゴ、ブドウの剪定、マルチ集め、ハウスの移設に風呂作り・・・。

今取り掛かっているハウスの移設は目玉的な作業。田舎暮らしのツールとして、これほど役に立つツールは他になるのであろうかっていうくらい期待されている。温室は春先の育苗、夏の乾燥、特に冬の栽培だ。また通年でニワトリの育成を行う。冬の菜葉はハウスでないと霜にあたって鮮度が保てない。しかし、移設するには相当の気力も必要。何しろ、5×18メートルの構造物を動かすのだから。それにしても、棚にしろビニールハウスにしろ、農家の針金仕事の細かさ&丈夫さには閉口する。どれもうまくしっかりできている。ということで来週はハウスの解体移築作業。お暇な方は是非ご一緒にどうぞ。ただ、剪定作業と時期が重なるから合間を縫って作業を進める。

リンゴとブドウの話を長女としていたら、「パパは農薬をまくの?」と聞かれた。「うん、本当はまきたくないけど、まくことにしたよ」といったら、残念そうな顔で「らしくないね。」と言われた。そんな大人びた言葉を受けるとは思ってもみなかった。

畑は借りているものだし、果樹は幹に虫が入って1年で枯死してしまうこともある。それにありがたくも畑を貸してくれた人はその畑の果実を楽しみにしている。本当は無農薬を試したいけど、どちらの生態もよく理解していない。失敗覚悟で信条を貫くには、貸してくれた人たちへ迷惑をかけることも同時に覚悟しなければならない。揉め事が起こったら、とても残念だし近隣の皆さんからはもう二度と畑は貸してもらえなくなるだろう。それを考えると今は選択できない。と説明したらよく理解してくれた。周りへの配慮を覆すには、無農薬栽培のノウハウが蓄積されたときか、農薬散布で体が悲鳴をあげた時に再考することにしたい。

とはいえ、自宅の畑は無農薬を貫きたいと思う。この地でのノウハウを開発しながら、外の畑では減農薬という手段をたどってみたいと思う。減らすためにできることは是非やってみたい。

2010/01/04

シェアーハウス?共同生活?

ここの住人の中で長女の鼓が一番の保守派だ。
一人だけ身勝手な両親に引っ張られて来てしまったこともあるし、地元の学校に通っているということも大きな要因。この前食卓で竹を食べる道産子馬の話が出た。手入れができていない林や里山の下草を食べさせたら地域貢献もできるし、農資材の運搬にも使えるしいいね~なんて話をしていた流れで鼓の学校まで馬車に乗って迎えに行く~なんて言ったら半泣きで拒否された。

牧丘での生活では、共同生活という要素は欠かせない。
ほぼ毎日食事を共に取る。一緒に働いて、なんとなく協力して暮らしを回していく。でも、その共同生活っていう言葉は、どうもストイックな印象を持たれることが多いらしい。人によっては宗教的なものまで感じ取るらしい。共同生活よりシェアーハウスの方が印象がやわらかい感じ。確かに。でもカタカナが苦手な近所の方にはちょっと伝わりづらい。

外から見た印象と実情は常に違いがある。この前、隣の部落の長老からこんな話を聞いた。
あそこの家はなにして食っているのかよくわからん。それに小学校の女子がいるのに、独身の男性なんかうろうろしていて大丈夫か?なんて話。直接僕らのことは知らないけど、若い奴らが引っ越してきたことは知っている、そんな皆さんに不安を与えていたらしい。僕らは異物。とても当たり前な反応で、移住してからそれほど時間が経っていない事を再認識する。その長老との会話はとても興味深かった。

農村の高齢化の話と後継者不足。ご先祖から引き継いできた恵みの大地が放置される危機。
若い人が来ても、うまくいかない。手をこまねいている内に老いが進む。

共同生活について、いぶかしがっていた長老にその理由の説明をした。新規就農で慣行農法を始める際、ビニールハウスや農機具、耕耘機や管理機、肥料農薬などの農資材を一気に投資することになる。そのため農協から借金して資金を調達して経営を開始する。金を借りることで、金を返すための仕事が始まってしまう。だから暮らしも回らなくなって経営が行き詰まって失敗してしまう。だから、僕らは金を掛けないで暮らしを作りたいと思っていること、そして自分の食べるものは自分で作りたいと思っているので、換金作物の果樹だけじゃなくて野菜にも穀物にも農地を使いたいと思っていること、経済の針の振り子をできるだけ小さくしたいと思っていることを伝えた。
そのプロセスを踏んでいくには借金して身の丈に合わない設備を買って始めるより、仲間と一緒に協働・分業して進めたほうがより早いし安定感があると経済絡みの話をしたら納得してくれた。長老はなにより地域から信頼されるには経済的に自立していること。そうすれば地域にすぐ溶け込めると言われた。

実情は、アホビレッジで好きなことして暮らすために、家族と仲間と寄り添って力を合わせて暮らすのだ。目指すは田舎でもない都会でもない質のいい豊かな暮らし。自己犠牲や清貧なんぞ端から勘弁!でも空間と時間をうまく共有して幸せでいるには、ちょっとした工夫も必要だったりする。
自分も他の人も好きなことだけするんだけど、その好きなことが誰かの益につながっていると、自分も周りも気持ちがいい。そして人に期待しない。期待をすると出てくるのは不満。期待しないと出てくるものは感謝。人は自分の思い通りにはならないから、最初から人の気まぐれに感謝したほうが幸せだ。
独占欲、顕示欲、支配欲、秩序欲・・暮らしながら自分にもいろんな欲が潜んでいるなーと思う。でも、欲に走ると最終的には奪い合い。奪い合うなら別に暮らしたほうがいい。欲は不安の裏返し。ストレスを感じる時は何を不安に感じているか向き合うきっかけだ。「個」でなく「共」の思想と行動が関係に安心を生み出すようだ。

それぞれが好き勝手やる結果が融合して思いもしないようないい形になっていく。多様性と融合が面白い。だから友族が移住してしまうのはとても残念。運気の流れがいい時は偶然が味方してくれるけど、避けられないこともある。

共同生活とシェアーハウス。僕らの場合は寝室をシェアーするほどプライベートがないわけでもない。でも一人だけだとアップアップになっちゃうし、分けたら足りない。だから土地と働く家の設備をシェアーする。土地を共有するから一緒に働き、食べ、暮らしを作る。

今日の午後は男衆3人で野焼きしつつ畑のデザイン。温室の設置場所とラビットランの設置プランを相談。
夜はトマトクリームパスタと生姜の効いたコンソメスープ。そんな感じの暮らし。

2010/01/03

子育て正月

年末年始は牧丘を離れ相方の実家を拠点に寝正月。
子供ができてからというもの年始めの親族への顔見せは自分の根っこを知る大事なイベント。

寝正月といっても3時間おきの双子の腹時計に従って、夫婦で目を擦りながら腕に抱きつつ授乳をしている。どうも小さいながらも寝入るのをちゃんと見ているようで、床についてから30分もしないうちに一回目の催促が始まる。23時、2時、5時。夜の目覚ましは当然日中の眠気を誘う。今は大体3時間間隔。間隔は赤子のお腹のキャパ。大きくなればその分間隔が長くなる。だから、早く大きくなってくれと思いつつもあまり早く大きくなってくれるな、と身勝手な思いがよぎる。

双子にはそれぞれ個性がある。なき方も声も違うから聞き分けることができる。弦は手足が分厚く、首をしきりに動かしている。そして力が強い。顔はなんとなく相方似で、手足が自分に似ている。歌は逆に指が細く、顔つきもやわらかい。体重も軽い。オムツを替える回数も違う。哺乳瓶の吸い口の好み、表情もそれぞれ。どれも個性だ。

鼓はなかなか複雑な心境らしい。双子も大好きだ。でも双子の方が大事にされている。親には見せないようにストレスを人に出す時があるようでとても切なくなる。たまには思いっきり甘えられる時間があるといいのだろうか。確かに赤子に目が行きがちなんだけど、双子が生まれてからの鼓は成長を加速させている。この前、責任という言葉の説明を求められた。

そんな家族との年末年始。とても楽しい。