この数日間は引越し作業に追われる日だった。
運悪く家族がインフルエンザで倒れ、発熱した相方を看つつ作業を進めた。
娘が寝込んでいる相方の面倒を看てくれた。思ったより成長していると感じた。
それと作業の手伝いをしてくれた仲間達に感謝!!嫌な顔一つせずに連日手伝ってくれた。
本当にありがとう。
会社を辞めてからの1.5ヶ月はいろんな葛藤があった。
これから迎える共同生活に対する不安を感じた2ヶ月であった。
仲間をうっとうしく感じたり、折り合いをつける行為が面倒に感じたり。
それぞれの長所が持つもう一つの側面が、いやに目立って感じたりした。
きっと、共同生活は夢色の生活ではないのかな?
同時に、自分自身が何をしたいのか、どんな風にしていきたいのか
よくわからなくなった時間でもあった。
でも、時期が来るにしたがって気持ちがすっきりした。
僕は実に多彩な人達に囲まれている。
論理と規律のお喋りさん
笑いと慈しみの世捨て人
1点集中型大工さん
家庭の暮らしのリズムを刻む相方
希望の種のわが娘
そして、これからどんな味が染み出てくるか・・楽しみな多角形な調理人。
主観的、かつ極端な言い方だけど、こんな多彩な個性が牧丘の愛しい顔ぶれだ。
この面子が今牧丘に参集していることが、もし何かの大きな流れの意思であれば、
石積みの石のように、すべての個性がそれぞれに必要な要素なのであろう。
思えば、今年に入ってから一緒の時間が日常ではなくなっていた。
きっと大事なのは、お互いの意思疎通だろう。気持ちと考えを受け入れあうこと。
そんなことが腑に落ちると同時に、
自分自身が望むことも整理が出来た。(すっきり!)
自分は牧丘の土地をパーマカルチャーデザインをしたい訳ではない。
農業がしたい訳でもない。何かを人に教えたいわけでもない。
日本の農村の将来を背負うつもりもない。
単に豊かで幸せな暮らしがしたいのだ。
あえて何かをデザインするとすれば、
みんなが仲良く、幸せに暮らせる空間を作りたい。
それ以外は無関心ということではないけど
それが自分にとって、少なくとも今、やりたいことだ。
ということで、自分は仲間達をとにかく応援することにした。
きっとこの1.5ヶ月という時間は、自分を醸す為に必要な時間だったということだ。
明日から牧丘入り。よろしく。