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2010/05/24

ご無沙汰です。

一度筆不精になるとなかなか文章が作れない・・。
1ヶ月ぶり。みなさん、ご無沙汰しております。

この1ヶ月、なかなか忙しい毎日。リンゴの摘果がようやく一段落。無数の花をすべて一つ一つ手にとって摘んだり残したり。両手の親指はオレンジ色に染まり、人差し指の皮は剥けた。蕾から始まった作業中に花が咲き、実がつき直径1センチくらいになった。作業を手伝ってくれたあーちゃん、サムじい、宮崎さん、ねーさん、Pちゃん、あやちゃんにやすこばちゃん。サンキューでした!手伝ってくれる人の手はおいしいリンゴを作る動機付けになります。おいしいリンゴをお楽しみに。これから約2週間はリンゴはお休み。ピンポンだまくらいになるまで待ってから一つ一つ袋を掛けます。

2週間お休みといっても、その間はブドウの世話が待っている。5月に入って芽吹いた新梢はすでに30センチくらいに直立している。つる伏せという作業。余計な枝を折り、実をならせる新梢を一つひつ棚のテープで針金にとめていく。

自宅の畑も徐々に進んでいる。
双子の弦も体重が10キロを越えなかなかの太りっぷりだ。

2010/04/24

そろそろアップルマン

リンゴの世話がそろそろ忙しくなる。GWはリンゴとは関係ない。
圃場にある王林が今秋に入ってから花を咲かせ始めた。赤い蕾からピンクの花びらが開く。
メインの富士は1週間くらい進捗が遅い。時限爆弾がチクタクと時を刻む。


今日は朝から近所のリンゴ農家の方の家に伺い、一緒に畑を見てもらいつつ作業のポイントを教わった。親切な方でリンゴだけでなく、彼の友達も紹介してくれた。かつてリンゴ専門にやってた人。これからいろいろ教われるといい。


そろそろ摘花の時期だ。富士は5月の最初の週あたりに花が咲きはじめ、10日ほどで落花する。それまでの間に無数の花を摘むことになっている。リンゴの世話で一番手間のかかる作業だ。20センチくらいまでの短果枝の先端の花と、2~3年目の枝の大きな花芽を残す。それ以外の花はすべて実をつけさせないまま摘花する。すべて実をつけさせると木の消耗が激しくなり来年の花芽の形成に悪影響が出る。

リンゴは一株に大体5つくらい花が付いていて、中心の花が病気も少なく、大きい実がつく。実をつけさせる株の中心果だけ残す。残した中心果もすべて実を張らせるのではなく、ある程度大きくさせてから形のいいもの、病気のないものや、枝と数量のバランスを考慮しながら最終的に大きくさせるものだけを残していくのと同時に袋をかける。リンゴの木1本で100個弱程度成らせる。花は5000はあるだろうか。リンゴの木は全部で大体120本。摘み取る花や実はものすごい量だ。この一連の作業を6月の初旬までに完了させるとあとは9月くらいまではそれほどの作業量はないので、この山を乗り越えられるかが勝負。

ちなみに6月の初旬からはブドウの世話が本格化する。地道にがんばろう。。。

2010/04/17

祭!


4月12日に地元の祭、立石神社例祭に参加した。
住んでいる地域は全戸立石神社の氏子。年一度の盛大なお祭りだ。祭といっても屋台がでるわけではない。地元の人たちだけで作り上げる伝統の祭。参加して本当によかった。

4月12日は信玄公の命日。平日の冷たい雨が降る中、多くの人が祭に参加した。11部落くらいが神社の氏子になっている。それらの部落の40歳未満の若い男衆がみんなで神輿を担ぎ、それ以外の人はそれぞれの部落の道祖神や公民館に集合。神輿は部落を順番に練り歩くのでそれを待つ。神輿が来たら担ぎ手に酒やご馳走を振舞う。若い衆は各部落の人たちと話をし、各部落の交流が図られていく。夕方5時くらいまでかかって神社に戻り、祭りは終わった。

担ぎ手としてはじめて参加した今回は雨と酒がきつかった・・。部落と部落の間は場所によって距離が違う。遠いのも雨がきついけど、50mくらいしか離れていないと、あっちで酒を飲み、すぐにこっちで酒を飲むことになる。茶碗1杯づつ飲んでも、あっという間に酔いが回る。部落によってはガッツリ座らさせてくれて振舞ってくれるので、勢いのいい若い衆はがんがん飲むし、老人達は飲めし、飲めしと勧めてくれる。新参者としてはお祝いの酒だからといわれればなかなか辞退できるものでもない。後半はどこを回ったのかよく覚えていない。べろべろになりながらも、最後まで担ぐことができた。

今回、よかったのは各部落を回り顔を覚えてもらうことができたこと。それと、地元の若い衆と仲良くなれたこと。若い農家もいれば、地元で働く会社員もいる。みんな気のいいひとたちだった。地元との交流、とてもいい祭りだ。

2010/04/16

里子になります

ブドウの栽培を3反も始めたものの、なかなか技術がおぼつかない状態なので不安が募る。無農薬も志向したいがなかなか難しい。地元の人に教えてもらいたいと強烈に思っていたら、山梨県が主催する農業技術研修に参加することになりました!祝!
この制度、地元のベテラン農家が里親になって近所で個別に技術指導を受けることができるというもの。しかも県からの結構なお手当もある。今年から開始される新しい制度だ。自分のように金なし、縁なし、技術なしの新規就農者としてはとてもとてもありがたい話です。はい。
http://www.sannichi.co.jp/local/news/2010/02/12/16.html
2月の地元紙に紹介されていたのをたまたま読んで、「ふーん」なんて思っていたら、こっちに来てからいろいろ世話してくれるJAの幹部さんから勧められた。結構身近な話なの?だめもとで申請してみるかってなもんで住民票とか履歴書とかいろいろ提出して、甲府の県庁まで呼ばれて面接された。定員約20名の中に滑り込みセーフ!よかったじゃん!

自分の畑もあるし、双子もいるし自分が自分の技術取得にかけられる時間は少ない。そこら辺を面接ではぶっちゃけた上に強調してみた。山梨県的には、後継者不足と高齢化の5年後の状況を本当に憂いているようで、ひしひしと手詰まり感を面接中に感じた。空き家バンクといい、まだまだ事業主体者によってばらばら感がある就農者の誘致制度だが、総合的な取り組みになる日も近いかも知れない。

研修の詳細内容は里親と里子と県庁の間で決定される。里親のベテラン農家もこれから決定される。さて、今後の展開やいかに?

2010/04/06

ブドウに使う農薬って?

そろそろブドウの防除が本格化する時期に入った。
ブドウは相変わらず大地から水を吸い上げ続けている。キツイ温泉の匂いのする黄色い液体を動力噴霧器でハジく。

農薬の散布については今年は農協のご指導通りに撒こうと決めていた。無農薬に切り替えたくても、生態すらよくわかっていないし、圃場の他の生物環境も整っていない。とはいえ、単に農薬散布はいやだ!と思っていても先に進めない。でもご指導通りにと思っていたけどやっぱりいやだ!そもそも何を何に対して撒くのかよくわからんではお話にならないので、JAで作っている防除暦をしっかり調べてみた。

山梨の東の地域で警戒されているブドウの病害虫はいくつもある。黒トウ病、つる割病、褐斑病、晩腐病、灰色カビ病、ベト病、ウドンコ病。高温多湿の時に被害が大きくなるらしい。あと被害を与える虫はサビダニ、カイガラムシ、ヨコバイ類、アザミウマ類、ハマキ虫、トリバ類、ブドウトラカミキリ・・。
たくさんある~。どれもリアルに警戒されているし、被害の報告も新聞に掲載されたりしてるから、「もしからしたら?」羅病するかもっていうレベルでもないらしい。困ったものだ。少なくとも何もしないっていうわけにはいかないようだ。

防除暦にはそれらに対する農薬も20種類くらい記載されている。農薬。虫や菌を殺傷する薬品。調べてみたらいろんな種類がある。毒性も然り。残留農薬も心配だけど、散布時の危険性の方がはるかに高い。なにしろ1000倍~2000倍とはいっても、1回反あたり300リットルを年間を通じて12回も散布する。その中にはサリンと同じ有機リン系の農薬もある。環境ホルモンや発がん性物質などきつい薬剤が使用される。出来るだけ減らしていきたい。出来るだけ早く無農薬栽培を実現したい。

いろいろ本を読みあさってみたら木酢液が結構いいらしい。普通の酢は畑にまいたことがあるけど、結構威力を発揮する。それよりも効果は高いらしい。どれどれ、試してみるか~!木酢液を併用すると葉面散布時の展着力が増加して、薬の量を半分くらいに減らせるらしい。農薬散布時期と使用する薬剤の種類はJAの防除暦通りに、濃度は木酢液を使うから薄めに。その線で減農薬という形で進めてみたい。

ということで、ぶどう畑で最初にはじくのはベンレート水和剤と石灰硫黄剤。
ベンレート水和剤は、ベノミルという化学物質が主成分。ウドンコ病や黒星病等に対する殺菌作用がある。毒性はJAの指定濃度は200倍。1反当り1.5㌔の散布を指導している。うちの畑では、その3分2の濃度にした。発がん性物質かつ環境ホルモンとして考えられている。ちなみにこの農薬、むちゃくちゃ高い。1キロ購入したら8000円!くらいした。ひょえー。
石灰硫黄剤は天然鉱物の農薬。使用しても有機JASに認定される、とても古くからある農薬だ。大敵カイガラムシやハダニ類にも効果がある殺菌殺虫剤だ。自殺で有名な硫化水素はこれにサンポールを混ぜたものらしい・・。毒性としては、眼刺激、皮膚刺激性。この農薬は散布しても問題がないように思う。JAの指定濃度は20倍。うちは同様に3分2の濃度で。

今年のブドウ畑の最低目標は枯らさないこと。確実に来年のさr減農薬につなげられるようにしたい。収量目標は相場の7割。さて、うまくいくかな?

2010/03/31

やっぱり家族が一番大事




今日は、長女とぶどう畑で荒皮剥きデート。楽しかった。


双子が生まれてから4ヶ月が経過し、気付いたら赤子がいることが当たり前の生活になっている。自分の心理の奥底まで5人家族であることが染み込んできたんだと思う。夜5人で並んで寝る時、自分の横にずらっと4つも並んだ同じような形の鼻先を見るたびに、子供達がいることが、家族がいることが自分の中で一番大事なことだと毎夜認識する。


相方が双子達を懐妊するまでは、長女一人を育てるのは、夫婦二人だったらどうにでもできると思っていた。自分と相方を取り巻く様々な現状や将来の夢をうまくバランスを取りながら生きていくことができると確信して、自分としてはワイルドな一歩を踏み出して牧丘に移住してきた。従来のバランスの取り方を続けられることができると思っていた。懐妊してからは、将来の経済面を懸念していたけど、まだまだこのままで大丈夫と思っていた。


新たな二人の家族はこの上なく愛らしく、そして重い。
その愛らしさは二人への思いだけでなく、長女や相方との絆をさらに深めた。
そしてその重さは、自分の周囲や自分自身の夢と現実のバランスの取り方まで揺り動かしてくることを実感している。決して不愉快でもなく、ただ変化しているということだ。


このバランスの取り方の変化は、すなわち価値観の変化だ。
なにが幸せなのか?ということにも影響を与え始めている。子供の安全と幸せがなにより大事になったのかな?少なくとも自分の中で、自分の夢と子供の幸せの比重は後者よりになったことは間違いない。暮らしに根付いたパーマカルチャー農園を仲間と共に自分達の手で創ることに比重をおいていたけど、今は子供達が思う存分甘えられて、健全に育てられる環境を作ることが大事だと思うようになった。たまに忘れてしまうけど、自分はもっと幸せになるためにここに来た。そのための手段が今の暮らしだ。価値観が変われば、暮らしぶりも変化しなければ、なんのために生きているのかわからなくなってしまう。


最近相方がはまっている歌。とてもいい歌だ。

2010/03/25

これからどうする?

とはいってもどうせ畑仕事をするだけなんだけど、いろいろやりたいこと山盛り。ようやく心置きなくブドウ以外の作業に打ち込めるようになった。そんな折に長雨だ。やれやれ。

そんな風に思っていたら、いい流れで友族のヒロが牧丘に遊びに来た。見た目はモンゴルの騎馬兵だけど、さびしがりやの大工。九州の香りがするいい男だ。そして、突然山男のつっきーが牧丘に現れた。こんな来訪はとてもうれしい。

そんな大工が薪ストーブの蓄熱体になる鉄板をどっかから見つけてきて設置してくれた。この鉄板、蓄熱にもなるし、お好み焼きも焼けるし一石何鳥にもなる優れもの。新品でも4000円弱のブリキのストーブがまるで鋳物のストーブのようになる。早速、歓送迎会と鉄板のシーズニングをかねて昼間からBBQ。ストーブ周りの便利さがぐっとあがった。

ブドウの後の作業は手始めにジャガイモの植付け。夏の終わりに20キロも購入した激うまじゃが、「インカの目覚め」を植えつけた。このジャガイモ、黄色が強くて甘いしっとり系のジャガイモ。揚げてもよし。煮ても崩れないし、蒸かしてもよし。男爵とかメイクイーンとかよく聞く品種より2倍近いの価格で取引されている。今年の夏も同じ傾向が続くか?どうかはわからないけど、とにかくうまいのでたくさん植えつけた。100㌔くらい取れるかしら。

トマトの苗もセルからポットに移植。1000以上位芽が出てるからポットの土入れもひと手間だ。今週は雨が多そうだから、ハウスの中の作業でちょうどいいかも。ずらっと並んだトマトの苗は壮観。いつも風のように現れて、風のように去っていく友族、ツッキーが手伝ってくれた。

春の長雨もなかなか楽しいものだ。

2010/03/19

野焼きの日



今日は終日野焼きをした。1反のブドウ畑の剪定枝をすべて焼却した。約1日半かかった。切った所にある散らばった枝を集め、一輪車に乗る程度に切り揃え、焼き場まで運んで灰にする手順。写真では大きな山になっているけど、これで5分の一くらいの量。
ブドウの枝を生木なのでなかなか燃えない。今日も乾いた材木でオキを作ってから焼いた。枝に含まれる水が蒸発する時にプシュー、ジューと音を立てるのが楽しいが、煙が凄まじい。
これで焼却する分の枝はすべて燃やしきった。後は灰を畑に撒き戻す。1反分の枝は切り揃えておいてある。これは木酢液を作るために、しばらく取っておくのだ。

これで手間のかかった剪定作業は一応完了!祝。これからの作業は荒皮剥き。ブドウの木の外皮を剥いで虫が付かないようにします。ぱりぱり剥けて結構楽しい。それが今月中くらいに終わると・・・芽が出る直前まで待機。他の畑にようやく追いつくのだ。




2010/03/18

最近の双子


歌の写真を掲載しなかったので直近の2ショット。
ついでに長女の写真も。冬越えした柿菜の収穫。

2010/03/17

久々の日曜日

本当は火曜日だったけど日曜日。
雨上がりの朝、起きたら何もする気がしない・・。どうせブドウの野焼きも出来ないしな~なんて思ったので今日は休息日。思えばずっと休みもなく働いてたから、体が疲れていたのだろうと思う。腹を括るまではなんだかそわそわ。休んでていいのかな?なんてケツが落ち着かないけど、腹をくくって休みと思えば楽しい。じっくり双子を遊んでゆっくり時間をすごすのもいい。

ちなみに双子の成長は著しい。弦は8キロにもなった。太く重い。歌は6.7キロ。ずいぶん違いが出てきたものだ。

2010/03/16

ぶどう畑の野焼き


昨日は野焼き。7割も落とす去年の新梢。切り落とした枝は相当な量になる。2反でおそらく軽トラ3杯分くらい。切り落としたばかりの生木なのでなかなか燃えない。段ボールと紙だけではすぐに消えてしまったので、ドラム缶で薪でオキを作ってから焼いた。ドラム缶に入れられる枝はちょうど一輪車一杯分。一日かけても焼き終わらなかった。

まだまだ残りがある。炭にでもして木酢液を取ってみたいと思う。

2010/03/14

剪定終了!

年明けから長かった・・・。
来る日も来る日も葡萄畑に参勤した。でも、ようやく葡萄と林檎双方の剪定作業が終了!祝!!ベテランは1反3日で仕上げるらしいけど、3反で2ヶ月半もかかっちまったぜ(笑)

しかし、いろんなタイプの木を切った。若くて元気過ぎないやつの方が取捨の選択がとてもし易い。20年生とか年を取っている木は切り戻しをうまくしていないと芽がなくって何をやっても納得できないので時間がかかる。お陰で雨雪がない日の午前中はほとんど畑にいた。これだけやったんだから、意地でもうまいもの作ってやる。

富士山の見える丘にあるぶどう畑で作業するのはとても楽しい。
一緒に作業してくれたみなさん。朝早くからありがとう。

今の作業は剪定後の枝の片付け。長い枝は出来るだけ取っておくので蔓が欲しい方はお早めに。あとは野焼きでさくっと終わらせてトマト畑を作ります~。今日の午後は耕耘機でジャガイモの準備。去年から仕込んでいたうまい種芋を再来週に植えつける。「インカの目覚め」っていうジャガ。小さくて黄色くて何をしてもうまいョ。

下のURLは最近口ずさんでいる曲。腐りそうになった時、結構元気がでる。
http://www.youtube.com/watch?v=-xi79cL7FRU

2010/03/06

春がきた!夏野菜と原木キノコの仕込み

牧丘にも春が来た。

山の木々が赤くなってきたな~と思っていたら、葡萄の木が大地から水を吸い上げ始めた。一昨日から剪定の跡から水が滴り落ちるようになった。菜の花も食卓に上がるようになってきた。虫もクモやハエなどいろんな種類が一斉に出てきた。晴れの日はとても暖かい。フキノトウが花開き、カンゾウが芽を出し始めた。春の始まりを挙げ連ねてもきりがない。

準備期間が終わって、エンジンがかかったような感じだ。ずっと外で働いている。ようやくブドウの木の形が作れるようになってきた。

雪や雨に邪魔されてなかなか仕上がらなかったビニールハウスの移築。棚の解体から始まってようやく稼動開始、夏野菜の種蒔きがスタートした。ちょいと遅いが、長い工程だったので結構感慨深い。

ハウスの中は日中結構温度が上がる。まだ夜は寒いので温床も仕込んだ。実は2月中にキノコも大量に仕込んだ。椎茸と平茸。山に原木を取りに行って菌を植えつけた。今はホダ木全体に菌を回すためにハウスの中で暖かくさせている。トマト、ナス、ピーマンに他にもいろいろ仕込んだ。今は新しいビニールハウスの中で毛布に包まれて夜を過ごしている。トマトと唐辛子はもう芽を出した。

今年は小さな種のものはセル蒔きをして、ポットに一度移植してから畑に定植することにした。セル蒔きが中心だけど現状で2500株分以上。でもマメ科とかウリ科なんかはポットの方が具合がいい。セルの幼苗もポットに移すから、ポットの土詰めを大量にやらねばならない。でも量を扱うにはとんでもなく便利な道具を敷地内で発見!スピードポッター。こいつは130個くらいのポット詰めをあっという間に終わらせることができる。よく考えられたシンプルな道具だ。



うまくいけば、唐辛子と加工用トマト、ズッキーニは売るほど出来上がるだろう。平茸と椎茸は来年になれば切らすことがない。

2010/02/06

今度は葡萄だぁ

さて2月に入り葡萄の剪定が始まった。
周りの畑はもうほとんど剪定済み。遅ればせながら我が畑も鋏を入れることになった。
3反ほどの農地。家から10分くらいの所、倉科というところにある。

葡萄の剪定は、基本的に棚を使って平面で育成するので、立体的なリンゴと比べて慣れてきたらそれほど難しくない様に思う。ただ、3日ほど剪定を進めてみたら、なぜ?こんな状態になっているのか?という疑問がわいてくる。植物は教科書の基本通りには育たない。でも剪定は人為的な行為だ。管理しやすいように毎年すべての枝を動かす葡萄栽培にはありえない状態の枝ぶりが目立つ畑だ。

牧丘では葡萄の剪定を教えてくれる人には事欠かない。初めての今年は農協の指導員から基本を教えてもらった。ありがたい。基本を教わって葡萄と向き合ってみる。でも、出来ない。枝の先端をぱちぱちやっていても
埒があかない。困っていたら隣の畑をやっているおじさんがご親切に枝の見方を教えてくれた。「この畑はいい葡萄が出るよ」と言ってくれた。出なかったら自分の落ち度か。なんて悲観的に思う。出たら間違いなく葡萄のおかげ。

おじさんの話を聞き、再び向き合ってみると、枝の流れが見えてくる。込み具合や流れのおかしなところが浮かび上がってくる。そうすると、なんでこんななってんの?という風に手の入り方がおかしいところがちらほら。ぶつぶつ独り言を言い作業をしながら、この畑を自分が世話をするようになった経緯を思う。この畑を管理していた人にお会いしたことはないけど高齢者だ。体が動かなくなってきて段々手を入れられなくなった畑なのだろう。やめることはわかっていて、もうだめだって所で手放したんだろう。葡萄の枝、去年の剪定の跡が前任者の意図を思わせる。前任のおじいさんはきっと苦しかったんだろうな~と思う。

ということで、今年の剪定は来年のための整理整頓作業と腹をくくった。引っ越しの大掃除のようなもんで、こんがらがった枝をほどいていく作業だ。2月の中旬まで続く。ちなみに世話をしているのは巨峰。牧丘の名産物だ。種なし巨峰を種あり葡萄。秋には1万房(!)くらい出来るかな~?

2010/02/02

こっちも降りました


約20センチ。ご近所の人と談笑しながら朝から雪かき。
雪景色の牧丘もきれいだ。

2010/01/31

リンゴ剪定完了

リンゴの木の足元にもいつのまにかオオイヌノフグリが咲き始めた。
1月もいつの間にか終わった。早い。季節に追い立てまわされている様にも思う。

1月中に終わらそうと思っていたりんごの剪定が終わった。すべての木のすべての枝。ようやく手を入れ終えることができた。悩んで剪定した結果どうなるのか、今年の木の成長を見るのが楽しみだ。

それにしても人から木の世話を引き継ぐのは思った以上に大変だ。剪定には自然の法則だけでなく、どう育てたいかという人間の意図が反映される。作業を進めていくうちになぜ去年の剪定時にこの枝を誘引をしなかったのか?など疑問が浮かぶ。前任者の意図をいちいち確認したくなったが、強引に進めた作業だった。趣味でなく仕事としての果樹栽培。次の作業は4月の開花前の農薬散布。でも同時にリンゴのコンパニオンプランツも増やしていきたい。

2月は葡萄の剪定、ビニールハウスの設置、苗床作り、温床作りと夏野菜の種まきが主な仕事。いつでもお手伝い募集!!!です。

2010/01/28

双子とジレンマ


そろそろ生後2ヶ月。二人とも随分太くなった。
赤子二人の育児には目が回る。赤子が一人いただけでも大変だが、二人は倍以上に大変だ。
世のすべての双子の親に「お疲れ様」と言いたいところだ。

赤子は定期的な授乳とだっこを要求する。

両方同時に泣けば、当然一人では対応しきれない。どっちかを先にしても、一人が火がついたように泣いてしまえば、もう片方もそんなに落ち着けない。だから二人の手が必要になる。夜中も昼間も二人の世話をしていると、あっという間に時間が過ぎてしまう。他の仕事が進められない。両方だっこすればとも思うが、寝るほどには満足しないのだ。赤子には一人につき一人の大人が必要のようだ。相方が世話をしている時は自分は家事仕事。一日の炊事洗濯なんかは、相方の入院中からやってたから特段問題はない。相方は夜中も赤子の世話をしているからまず寝る時間が必要だったりする。自分は日中できる範囲で赤子の世話をする。

このできる範囲っていうのがクセモノだ。やろうと思えばずっーと赤子の世話をすることもできる。そうすればいいのだが、そうも出来ない事情もある。どちらにしても朝起きてから夜寝るまでナンかしら体を動かして働いている。家事以外の多くは林檎だったり葡萄だったり、あるいはマメノキ農園の畑作りだ。それらは今年と特に来年の食い扶持のための仕事なのだ。今、赤子の世話をするのは家族にとってもとてもいいことだし、自分ももっとやりたいけど、来年の準備をしておかないと来年働きに出なければならなくなる。それじゃ、子育ても関わり方は現状以下だ。

でも時々疲弊している相方をみると、今もっと関わるべきなのか?と思ったりする。働くとはいっても自宅で働いてるんだから幸せだと思う。なかなか難しい局面だが、今年はこんな感じで綱渡りなんだろう。楽しんでいこう。

写真は棟梁が製作中の風呂。下地貼りを手伝った。なかなか丁寧に作られている。

春のきざし

牧丘ではまだまだ零下の朝が続く。
まだとても寒い。午前中のリンゴ畑の作業も9時半を回るまでは日陰。足元と指先から凍っていくように感じる。すぐ隣の葡萄畑は日向なのに。マジでそっちで作業をしたいよ~と思いながら剪定に励む。

でも大寒も過ぎ、そろそろ春に向かっている気配を感じる。
ちょろちょろ虫が出てきた。オオイヌノフグリやヒメノオドリコソウがちょびっと花を咲かせている。冬の終わりを告げる花達。とてもうれしい知らせだ。

2010/01/26

リンゴの剪定継続中

剪定をするぞ、リンゴと向き合うと時間が過ぎるのがとても早く感じる。今までの経緯とこれからの成長を予測しながら、葉と実に光が届くようにしてやる。枝を見ながら、木全体を見ながら、花芽を見ながら結構なスピードで目と思考が動く。

1月に入ってから平日の午前中は大抵リンゴ畑で剪定作業だ。最近は車を使わず歩きで行くようにしている。道すがらに出会う人や景色がとても気に入っている。今日は81才の爺さんと立ち話。今日はひ孫を持つ気分について感想を聞いた。

外の畑の仕事は午前中だけに絞っている。9時から12時までの3時間1コマ。無理なく疲れないペースだ。午後には家の仕事もできる。剪定作業はゴールがそろそろ見えてきた感じ。どの木も個性があるけど剪定方法がなんとなくパターン化してきたのでスピードが上がった。いろんなケースがあったから、選別の基準がなんとなく出来たのだと思う。ただ、それが正解かどうかわかるには来年の1月にならないとわからない。不安はあるけど迷い続けていても始まらないし、作業は終わらない。結果がわかるその時間の長さがおもしろい。

なんとなく急ぎモードになっているのは次に葡萄の剪定が始まるから。近所の葡萄畑で剪定が住んでいないところの方が少なくなってきた。焦る。でも明日の午後は農協の指導員に剪定の方法を教わることになっている。自分の畑まで来てくれて教えてくれる。ありがたい。遅ればせながら葡萄のシーズンも始まる。

2010/01/24

ウサギコンポスト稼動中

去年の4月から飼い始めたウサギ。今、にわかに増えて4匹のウサギが農場で活躍中だ。かわいいだけにその効果を軽んじられることもあるかもしれないが、ウサギはなかなか働き者だ。

4匹の群れは小屋の中で暮らしている。小屋のつくりは単純だ。長さ約3.5m、幅0.8m、高さ0.6m。500×800のBBQ用の金網を10枚つなげた手作りの小屋だ。半日あれば簡単に作れる。その中をちょこまかと走り回る姿はとても楽しい。結構長いのでこれくらいあるとウサギが走ることができる。4匹に増えたので小屋を拡張したらウサギの動きがよくなった。半分だった時は走ることはできなかった。小屋の中には家、日陰、日向、風の来ない所、風の通る所などいろいろ作ってやる。金網はBBQ用のものを使っているが、これが一番安心の素材。繰り返し焼いて錆びても使えるほど耐久性は高い。他の網は針金も細かったりゆがんだりとどうしても害獣に隙を与えてしまうような気がする。



1日1回食べ物を与えておけば彼らは満足。死ぬことはない。彼らは青草を食べる。木質化したもの以外は何でも食べるが好みがある。最初に好きなものを食べ、無くなったら次に好きなものを食べるのでとてもわかりやすい。シーズンによっても好き嫌いがあり、冬は枯れ草も雑草の根っこも食べるが、夏は見向きもしない。大根のような大きなものも表面を削るように食べるのがあまり得意ではない。菜っ葉やクローバーや花のように柔らかくて薄いものが好みだ。落ちている小さなキウイも干し柿のように薄く乾かしたほうが食べる。

問題は冬場のえさだ。毎日結構な量を食べる。
牧丘の場合、冬用に育てていた菜っ葉たちが霜でやられ、すでに食べるにはきつい。人間が食べるものは塩に漬けるか、ハウスで育てるかしかないようだ。写真の青菜は、外で種から育てた野菜。最近はウサギ用になったのでそれほど心配はない。野草や菜の花が充実する4月くらいまでは持たせることは出来るかな。

クーちゃんにいっちゃん、しーちゃんにチャロ。すべて娘が名前をつけた。

部落の会合

この土地に関わりが出来てから1年。
今日はこの部落の初会というものに参加してきた。今年は一人で2回目だ。

初会はこの部落20数戸の話合いの場だ。家長的な長老とそのご夫人が参加する。1年に数回こんな場があるけど、初会は1年で最初の会合。翌年の役員を決定する。極めて民主的で、平和な話合いが持たれた。都会にいるとまるで失われた楽園のように感じるときもあるが、牧丘には今も昔もコミュニティーが存在する。

部落の中にはいろん仕事がある。
部落活動の会計、農協の窓口、水道、神社の窓口、消防、祭、獣害防止、そして青少年育成会。誰もがいずれ自分もやるっていうことを前提で組のそれぞれの役目をうまいことローテーションしている。年齢順だったり班の中で順番だったり。そんな役目の人数も任期もなんとなく話し合われて決まっていく。長年うまく回すにはよい方法だ。

そんな中でも選挙っていう決め方が出てきた。驚いた。任期3年の農協代議員の役。2期連続で勤めた方がそろそろ交代したいと言ったので誰がいいかっていう話になったけど、誰も首を立てに振らなかったので、それじゃ選挙にしようっていうことになった。白紙の紙が渡され、それぞれが名前を書いている。それを「投票箱」と書いてあるティッシュの空き箱に入れられて、立会人も入れて開票した。僕は白票で出した。どんな仕事かもわからんのに、だれかの名前は書けない。同時に誰かを決めれるほどまだ溶け込んではいないと感じた。だが、そんな役目達が遠くない未来に自分にも回ってくる。来年は班長になるらしい。集金と配達が仕事だ。

そんな初会だが、熱い議論もある。この部落の好きな所だ。今日一番のトピックは青少年育成会の話。そもそも育成会っていうのは、かつては地域の子供達を連れて海水浴とか連れ出したり、ラジオ体操だったり花火大会をやったりする。子供のいるいないには関係なく参加し、イベントの役目が回ってきて、地域の子供と大人をつなげて、地域ぐるみで子育てをしていこうっていう話だ。すばらしいことだ。

ただ、そんな伝統に問題が生じていることがあぶりだされ、共有された場だった。

今、部落には3人の子供がいるが、正直何かイベントをするにはあまり盛り上がらない人数だ。子供が少なくなるに従って、勢いがなくなってしまった。地域で子育てっていっても中心になるのは子育て中の世代。子供の人数が少ないってことは親の数も当然少ないし、祖父母世代は動くにしても動きづらい。そんなこんなで予算も形骸化したので、何年か前に再開はいつでも出来るという話で縮小された。

参加者の一人が、なんで育成会の活動報告がないんだ、なんで計画を立てて盛り上げないんだと言い始めた。少ないからできないってことなら何人になったらまた始めるのか決めようっていう提案だった。なんなら育成会をやめちまえばいいと別の人が言った。人数が少ないし、それぞれの家庭同士でつながってやればいいという話も出た。だれかが論点は地域として子育てをするつもりがあるのか、ないのかということだと思うといった。一瞬会場が静まった。地域ぐるみの子育てということがどれだけすばらしいことなのか、熱く語るご婦人には感動した。

多くの人は総論としてはもちろん育成会の趣旨には賛同しているし、自分達も子供が小さかった時にはやってきた。でも、今は子供も少ないし、地域で関わるっていってもやり方がわからない。すでに関わるに二の足を踏んでしまうほどに薄れているのが現実だ。子供という接点では地域がつながることは今は出来ないのだ。

今、このコミュニティーは戸惑っている。つながりの持ち方について、子供がいないことについて人が少なくなっていることについて。残念ながら、今日の初会では問題の解決策は出てこなかった。子育て世代と話をしようということになった。来年も小中学校に通う子供は3人、たった3世帯だ。

そんな初会の後は堅い話の後はお酒が振舞われて懇親会。友族一同で参加した。鼓・歌・弦も連れて行ったらモテモテ。みんないい人たちだ。

2010/01/19

New Comer

マメノキ農園に新しい仲間が増えた。
ここは人間より動物を紹介するほうが大変だったりする。

新しい仲間は柴犬だ。豆太と命名された。川越から豆太はやってきた。元の飼い主が柴犬を飼おうと育て始めて1週間するかしないかって時に急に転勤することになってしまった。その犬を僕らが譲り受けることになった。生後3ヶ月。黒の柴犬。オス。なんとなくツキノワグマを連想させるかわいい奴だ。そんな新しい家族を手放さなければならなかった飼い主は本当に残念だったろうと思う。大事に育てたいと思った。早速畑仕事に連れ出してお供をしてもらったら、軍手のように埃まみれになった。やさしい犬に育てたいと思う。

それ以外にも猫もいる。テト、オス、棟梁について来て、それきり住みこんだ。こいつがなかなか人懐っこくて、大きくて、とても猫らしい猫だ。畑に出ているとたまにひょこっと顔を出す。そんな偶然のような接触が面白い。以前はウサギを狙ってよく怒られていた。


うちにいる動物たちにはペットはいない。みんな何かしら仕事をしている。テトは害獣になる他の猫を近寄らせない。ニワトリは卵はもちろん耕運機として働く。一ちゃんとクーちゃんは雑草管理だ。豆太には大きくなったら、ここらへんに出没するキツネやイタチからニワトリを守って欲しい。

そんなマメノキ農園。4つ足のヤギを飼ったらマメノキ牧場もいいかもと思う。

2010/01/15



生まれたばかりの弦の手。
とても小さい。この手は何をする手になるのだろう。
小さいけど希望に満ち、僕ら夫婦を力強く生かしてくれる。

俺の手はずいぶん汚れているな~。

2010/01/14

リンゴ畑に行く道



今日はとても天気がいい。先日の雪から久しぶりに青空が見えた。
雪は北側の影以外は解けたとはいえ、とても寒い。昨晩ガス湯沸かし器が凍結。まだ調子がよくない。

リンゴ畑に連日参勤している。自宅から歩いて10分とかからない。
持ち物は剪定鋏と鋸、それに紐、水筒、ノートなんかを竹のしょいこに入れ込んで担ぐ。



隣の集落の道祖神にお地蔵様を発見。こんな日常の中の景色もいいもんだ。
さて、リンゴ畑がある一角。鼓川を越えると元棚田の果樹園地帯が広がる。地域の皆さんが昔の昔から手入れをしてきた恵みの大地。40年前には田んぼだった。機械がない時代はどんな暮らしだったのだろう。

今は午前中の時間をリンゴに割り振っている。午後は、風呂作りやら掃除やら、水道の補修やら薪準備とかいろいろあるのだ。でも、リンゴの世話もようやく半分くらいまで剪定が済んだ。あと3日もすれば一応片付けまで終了だ。

2010/01/11

リンゴの剪定

わかったなわかんないような。
そんな時は五里霧中。作業を進めても仕事を進めている安心感より気疲れが募る。
リンゴの剪定はとても難しい。

2反4畝ほどのリンゴ畑。歩いて5分。リンゴの木が100本以上植えられている。
4分の1は幼木、老木と育ち盛りが半分くらい。残りはこれから苗木が植えられる。いいバランスの4枚の畑だ。品種はほぼ富士。他に受粉用の王林、ジョナゴールド等の別の品種が配置されている。リンゴは他家受粉だから別の品種がないと実が付かない。

ここ数日、午前中の時間は冬の剪定作業を進めている。鋸にはさみに紐と梯子をもって畑に出勤だ。店長をいきなり任されてしまったバイトのような気分だ。一通り指南は受けた。まだ???。でも仕事を進めなければならない。不思議と会社勤めの時のように足取りは重くはならない。

リンゴの木は、とにかく上に、上に伸びたい。根が吸い上げた樹液を上に運びたがる。流れが一旦溜まるところに枝を伸ばしたがる。剪定は、勢いの流れを読んで成長をコントロールして、適数の花を咲かせるための作業だ。根から上に運ばれる流れの方向を変えるために先端を先刈りしたり、芽の上に傷をつけたりする。育てたい枝をコントロールするための牽制枝と呼ばれる枝があったりする。作業するには一本一本よ~く見なきゃ鋏を入れられない。1本1本手を入れるときには始めに少し考える。今年からよろしく、なんて声を掛けながら、その木がどんな奴で、これからどんな風にしたいのかイメージして鋏を入れる。まだ4分の3残っている。
先はまだ長い。

隣の区画で作業している地元のおじさんに挨拶をしてみた。取り合えず、どこのだれかっていうことはわかってもらうために、今年からやることになったんでよろしくお願いします的な自己紹介してみた。「まあとにかくしっかりやってくれ。」そんなメッセージを繰り返し複数の皆さんからいただいた。でも本当はリンゴの木が一番そう思っているのかも。

2010/01/09

らしくない?

昨日は午後から長女と一緒にお使い。タイヤ屋さんや図書館や給油。
立ち寄り先の産婦人科での長い会計待ちの時間、今年の畑の話になった。年末からリンゴ2反とブドウ3反強を家の近くに借りることになっている。そんな話をしながら、今はちょっとだけ早い剪定の時期。リンゴの剪定はそれほど作業量は無い。だけど、自宅のハウス移設のスケジュールは結構タイト。冬の牧丘は駆け足で過ぎていく。

やりたいことは山ほどある。リンゴ、ブドウの剪定、マルチ集め、ハウスの移設に風呂作り・・・。

今取り掛かっているハウスの移設は目玉的な作業。田舎暮らしのツールとして、これほど役に立つツールは他になるのであろうかっていうくらい期待されている。温室は春先の育苗、夏の乾燥、特に冬の栽培だ。また通年でニワトリの育成を行う。冬の菜葉はハウスでないと霜にあたって鮮度が保てない。しかし、移設するには相当の気力も必要。何しろ、5×18メートルの構造物を動かすのだから。それにしても、棚にしろビニールハウスにしろ、農家の針金仕事の細かさ&丈夫さには閉口する。どれもうまくしっかりできている。ということで来週はハウスの解体移築作業。お暇な方は是非ご一緒にどうぞ。ただ、剪定作業と時期が重なるから合間を縫って作業を進める。

リンゴとブドウの話を長女としていたら、「パパは農薬をまくの?」と聞かれた。「うん、本当はまきたくないけど、まくことにしたよ」といったら、残念そうな顔で「らしくないね。」と言われた。そんな大人びた言葉を受けるとは思ってもみなかった。

畑は借りているものだし、果樹は幹に虫が入って1年で枯死してしまうこともある。それにありがたくも畑を貸してくれた人はその畑の果実を楽しみにしている。本当は無農薬を試したいけど、どちらの生態もよく理解していない。失敗覚悟で信条を貫くには、貸してくれた人たちへ迷惑をかけることも同時に覚悟しなければならない。揉め事が起こったら、とても残念だし近隣の皆さんからはもう二度と畑は貸してもらえなくなるだろう。それを考えると今は選択できない。と説明したらよく理解してくれた。周りへの配慮を覆すには、無農薬栽培のノウハウが蓄積されたときか、農薬散布で体が悲鳴をあげた時に再考することにしたい。

とはいえ、自宅の畑は無農薬を貫きたいと思う。この地でのノウハウを開発しながら、外の畑では減農薬という手段をたどってみたいと思う。減らすためにできることは是非やってみたい。

2010/01/04

シェアーハウス?共同生活?

ここの住人の中で長女の鼓が一番の保守派だ。
一人だけ身勝手な両親に引っ張られて来てしまったこともあるし、地元の学校に通っているということも大きな要因。この前食卓で竹を食べる道産子馬の話が出た。手入れができていない林や里山の下草を食べさせたら地域貢献もできるし、農資材の運搬にも使えるしいいね~なんて話をしていた流れで鼓の学校まで馬車に乗って迎えに行く~なんて言ったら半泣きで拒否された。

牧丘での生活では、共同生活という要素は欠かせない。
ほぼ毎日食事を共に取る。一緒に働いて、なんとなく協力して暮らしを回していく。でも、その共同生活っていう言葉は、どうもストイックな印象を持たれることが多いらしい。人によっては宗教的なものまで感じ取るらしい。共同生活よりシェアーハウスの方が印象がやわらかい感じ。確かに。でもカタカナが苦手な近所の方にはちょっと伝わりづらい。

外から見た印象と実情は常に違いがある。この前、隣の部落の長老からこんな話を聞いた。
あそこの家はなにして食っているのかよくわからん。それに小学校の女子がいるのに、独身の男性なんかうろうろしていて大丈夫か?なんて話。直接僕らのことは知らないけど、若い奴らが引っ越してきたことは知っている、そんな皆さんに不安を与えていたらしい。僕らは異物。とても当たり前な反応で、移住してからそれほど時間が経っていない事を再認識する。その長老との会話はとても興味深かった。

農村の高齢化の話と後継者不足。ご先祖から引き継いできた恵みの大地が放置される危機。
若い人が来ても、うまくいかない。手をこまねいている内に老いが進む。

共同生活について、いぶかしがっていた長老にその理由の説明をした。新規就農で慣行農法を始める際、ビニールハウスや農機具、耕耘機や管理機、肥料農薬などの農資材を一気に投資することになる。そのため農協から借金して資金を調達して経営を開始する。金を借りることで、金を返すための仕事が始まってしまう。だから暮らしも回らなくなって経営が行き詰まって失敗してしまう。だから、僕らは金を掛けないで暮らしを作りたいと思っていること、そして自分の食べるものは自分で作りたいと思っているので、換金作物の果樹だけじゃなくて野菜にも穀物にも農地を使いたいと思っていること、経済の針の振り子をできるだけ小さくしたいと思っていることを伝えた。
そのプロセスを踏んでいくには借金して身の丈に合わない設備を買って始めるより、仲間と一緒に協働・分業して進めたほうがより早いし安定感があると経済絡みの話をしたら納得してくれた。長老はなにより地域から信頼されるには経済的に自立していること。そうすれば地域にすぐ溶け込めると言われた。

実情は、アホビレッジで好きなことして暮らすために、家族と仲間と寄り添って力を合わせて暮らすのだ。目指すは田舎でもない都会でもない質のいい豊かな暮らし。自己犠牲や清貧なんぞ端から勘弁!でも空間と時間をうまく共有して幸せでいるには、ちょっとした工夫も必要だったりする。
自分も他の人も好きなことだけするんだけど、その好きなことが誰かの益につながっていると、自分も周りも気持ちがいい。そして人に期待しない。期待をすると出てくるのは不満。期待しないと出てくるものは感謝。人は自分の思い通りにはならないから、最初から人の気まぐれに感謝したほうが幸せだ。
独占欲、顕示欲、支配欲、秩序欲・・暮らしながら自分にもいろんな欲が潜んでいるなーと思う。でも、欲に走ると最終的には奪い合い。奪い合うなら別に暮らしたほうがいい。欲は不安の裏返し。ストレスを感じる時は何を不安に感じているか向き合うきっかけだ。「個」でなく「共」の思想と行動が関係に安心を生み出すようだ。

それぞれが好き勝手やる結果が融合して思いもしないようないい形になっていく。多様性と融合が面白い。だから友族が移住してしまうのはとても残念。運気の流れがいい時は偶然が味方してくれるけど、避けられないこともある。

共同生活とシェアーハウス。僕らの場合は寝室をシェアーするほどプライベートがないわけでもない。でも一人だけだとアップアップになっちゃうし、分けたら足りない。だから土地と働く家の設備をシェアーする。土地を共有するから一緒に働き、食べ、暮らしを作る。

今日の午後は男衆3人で野焼きしつつ畑のデザイン。温室の設置場所とラビットランの設置プランを相談。
夜はトマトクリームパスタと生姜の効いたコンソメスープ。そんな感じの暮らし。

2010/01/03

子育て正月

年末年始は牧丘を離れ相方の実家を拠点に寝正月。
子供ができてからというもの年始めの親族への顔見せは自分の根っこを知る大事なイベント。

寝正月といっても3時間おきの双子の腹時計に従って、夫婦で目を擦りながら腕に抱きつつ授乳をしている。どうも小さいながらも寝入るのをちゃんと見ているようで、床についてから30分もしないうちに一回目の催促が始まる。23時、2時、5時。夜の目覚ましは当然日中の眠気を誘う。今は大体3時間間隔。間隔は赤子のお腹のキャパ。大きくなればその分間隔が長くなる。だから、早く大きくなってくれと思いつつもあまり早く大きくなってくれるな、と身勝手な思いがよぎる。

双子にはそれぞれ個性がある。なき方も声も違うから聞き分けることができる。弦は手足が分厚く、首をしきりに動かしている。そして力が強い。顔はなんとなく相方似で、手足が自分に似ている。歌は逆に指が細く、顔つきもやわらかい。体重も軽い。オムツを替える回数も違う。哺乳瓶の吸い口の好み、表情もそれぞれ。どれも個性だ。

鼓はなかなか複雑な心境らしい。双子も大好きだ。でも双子の方が大事にされている。親には見せないようにストレスを人に出す時があるようでとても切なくなる。たまには思いっきり甘えられる時間があるといいのだろうか。確かに赤子に目が行きがちなんだけど、双子が生まれてからの鼓は成長を加速させている。この前、責任という言葉の説明を求められた。

そんな家族との年末年始。とても楽しい。